日本の型の文化の素晴らしさ

型から入る日本文化の素晴らしさ

脳科学の世界で有名な話なのでご存知の方も多いとは思いますが、言語障害を起こして右脳を使って見事左脳を復活させてしまった脳科学者がいらっしゃいます。これも地道に何年も繰り返し行うことで見事復活させることができることを証明してくれました。
日本の型の文化は「繰り返し」の文化であります。表層意識から出るのに3000時間、潜在意識に入れる時間が10,000時間と云われております。「継続は力なり」という言葉がありますが、継続することで新しく脳回路構築して行くのです。
茶の湯寺小屋という講座を7年程やっておりますが、生徒さんがある程度行った時点で放物線を描くように急に伸びます。そうするとお茶が楽しくなり長く続くようになります。
呼庵で目指す茶の湯は日常生活の中で美しく凛として立ち振る舞いができるようにカリキュラムを組んでおります。
茶の湯を学び方を知識、技術だけを習得することがお茶を学ぶことだと勘違いをされている方が多いのですが、そのような方々は人生の大切な時間を有効に活用してはおりません。自分が魅力的になるために学ばなければ意味がないと思うのですが?お茶は人間力でするのです。「人間がお茶をする」という視点に立って先生から教わっている方は良い師と巡り合えた人です。
茶の湯は「気づき」の稽古です。気づきが人間を変えて行くのです。知識、技術は「気づき」の為の手段でしかないのです。もし完璧に知識、技術を覚えたとしても魅力的には変われないのです。繰り返しの文化と言っても技術習得のためだけの反復では意味がないのです。

お茶を始める方が初めに学ぶ利休百首という道歌があります。その冒頭に出てくる歌です。

その道に入らんと思う心こそ、我が身ながらの師匠なりけり

意味はその道に入ろうとする赤心の心が先生なのですよ。純粋な心を灯明として学びなさいと書いてあります。これはすべてにおいて言えることです。重い言葉です。
教える先生はコーチなのです。良いコーチ、先生というのは選手の魅力を引き出せる人です。選手はコーチの意見を参考にしながら、自分で自分を作り上げて行くのです。当たり前だと思うのですが・・・。これが意外とわからない人が多い。お茶の技術ができればお茶ができたと勘違いしてしまう人が実に多いのです。お茶を飲むのではなく飲まれてしまうのです。利休道歌の冒頭の歌が最初にあるということは昔からそのような人たちが多かったというふうにも解釈できますが。道というのは先にあるのではなく、いばらの原を切り開き、自分の力で人生という道を作って行くのです。
なぜ、美しい立ち振る舞いにこだわるのかと云いますと
人間の能力は癖があったり、歪んでいたりすると持っている力が出ないのです。右利き、左利きというのも癖なのです。自分の立ち振る舞いが美しくなると持っている能力も疲れずに発揮できるようになるのです。
姿勢を見るとどんな職業かが分かります。若い内はあまり気にならないのですが、ある程度するとその職業の身体になります。身体が歪むと病気が発生する原因にもなります。また美しい立ち振る舞いは深い呼吸ができるようになるため、現代人が抱える過剰なストレス、感情、情動のコントロールまでも可能になるのです。

喫茶店で美しい立ち振る舞いで一杯のコーヒーを飲んでみては如何でしょうか?
周りから視線を感じるはずです。
美しい姿勢は魅力的な自分にしてくれます。
姿勢に磨きをかけていざ出陣!
敵は本能寺にあり

茶の湯寺子屋講座風景

 茶の湯寺子屋は随時募集しておりますので、一度見学にお越し下さい。

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