日本の不完全の美学

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 不完全の美学
日本人の美意識の中には不完全の美学がある。足りない部分を心で補うやり方である。言葉を変えれば余韻、間、という言い方もできる。これらは相手と自分を結ぶ間合い、建物と自然をつなぐ間合い、物と心をつなぐ間合い、言い切らない余韻、間。舞台と客席が一体となれる場所、この間合いの空間を日本人は大切にしてきました。
私はお茶を教えるとき、この間の部分を教えて行く。お茶はお点前の順序ではなくこの間合いの中にすべてがあると。
人間も不完全がなる故に謙虚にもなれる。人への思いやりも出てくる。自然への感謝の気持ちも生まれる。謙虚になると色々な物に気づいてくる。
茶禅一味という言葉がある。禅という字は衣を脱ぎ捨てると書く。知識を沢山覚えるのではなく、捨てて行くことで色々なことに気づいてくる。
自然を友にすると色々なことを教えてくれる。
科学が発達し、宇宙に飛び立つことができても生命を維持するのは自然界からの恵みである。
科学者の方々が色々なものを発見、解明され、人類に多大に貢献されておりますが、それらはすでに行われている自然界のシステムの応用でもあります。
一輪の花を愛で、一服のお茶でも飲んでみようではないか?

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