日本の美と西洋の美の違い

5月の末に東京国立博物館で開催されている「国宝 大神社展」とパリオペラ座バレエ団の「天井桟敷の人々」を同時に見に行き、日本の美の捉え方、ヨーロッパの美の捉え方の違いを改めて感じた日でした。
今年は伊勢神宮の第62回の式年遷宮の年に当たり、普段見ることのできない貴重な神宝が展示されておりました。式年遷宮も二重螺旋のDNAと同じ方法で行っている。未来永劫に生命を伝えるとき、一度壊してコピーをして生まれ変わらせる。これで1240年も続いている。
呼庵にも神棚がある。神棚を見ていつも思うのですが、
真中の社にはサムシンググレート、親神様を祀り、右側にはその土地の神を祀り、左の社には土着の宗教を祀る。キリスト教でであれ、ヒンズー教であれ、どんな宗教でも拒否しない。これは一般的にいう宗教というより宇宙の摂理である。
人間が生きるために宗教があるが、日本のこの考え方は宗教というより宇宙の法則に従って生きるという感がある。
そこには人間が引き起こす宗教戦争もない。サムシンググレート、まだ科学的に解明はされていないが人間はまだわからない宇宙の偉大なる力で動かされている。これを日本人は神と解釈している。
このすべてを抱え込んでしまう考え方が好きである。
戦争でこれを軍が利用してしまったため、神道を拒否する方々もいるにも事実である。
これから世界がグローバルになって行く時、すべてを包括してしまうこの方法は地球に暮らす人間が生きる上で必要に感じます。






 天井桟敷の人々のパリオペラ座のバレエ団の華麗な動き方と日本の身体の使い方の違いを改めて気付いた。道具の使い方も反対の使い方をする。日本人はノコギリ、包丁は引いて切るが、外国の方は押して切るのである。身体の使い方が逆なのです。
人間はこの地球上に生まれ、その場その場の環境の中でサムシングゲレート、偉大なる力を身体を通して発現させ、この世を素晴らしいものに作り上げて行く事が人間の使命のように感じた。各民族が人間の素晴らしさを表現し、それぞれの立場を認め合い生きて行ける世の中にーーーーー。日本人は日本の素晴らしい四季の移りの中で身につけたものがある。
モノマネではなく日本人のDNAの中にある環境の中で培われたものを使って表現できなければ、いくら技術が上手くてもその環境から生まれた人間の根元に迫る表現はできない。
感激をさせることはできても感動させることは難しい。
もう一度、生き方の原点に帰り、日本人の素晴らしさに気づく必要があるように思う。






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